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【ザ・インタビュー】拉致問題、国家の意志を貫けるか 元自衛隊特殊部隊員・伊藤祐靖さん新刊「邦人奪還」

【ザ・インタビュー】拉致問題、国家の意志を貫けるか 元自衛隊特殊部隊員・伊藤祐靖さん新刊「邦人奪還」

海上自衛隊の特殊部隊「特別警備隊」創設に携わった伊藤祐靖さん。自衛隊退官後も技術を磨き「いまも現役だと思っている」と語る(新潮社提供)

 平成11年、能登半島沖で発生した不審船事件で、イージス艦「みょうこう」の航海長として不審船を追跡し、その後、自衛隊初の特殊部隊の創設に深く関わった伊藤祐靖さんが、自身の体験をもとに「ドキュメント・ノベル」を刊行した。これまで手掛けた自伝や手記では現実味を持って書けなかった「自衛隊による拉致被害者の奪還」をテーマに、膠着(こうちゃく)する拉致問題に一石を投じる作品だ。
 19年、42歳で自衛隊を退いた後、元自衛官や予備自衛官らでつくる「予備役ブルーリボンの会」の幹事長を務めるなど拉致問題の解決に力を注いできた。
 21年前の不審船事件では、目の前を航行する不審船の船尾に観音開きの扉があるのを目撃。警告射撃後、動きを止めた不審船へ立ち入り検査が検討されたが、不審船が再び動き出したため、船内捜索は行われず、追跡は見送られた。
 「目の前で日本人が連れ去られた可能性が極めて高い状況だった。拉致被害者に対する思いというのは、軽くはありません」
 無念な思いも含め、自身の体験を書物にまとめてきたが、今回は守秘義務を気にすることなく伝えたいことを表現しようと、初めてフィクションという手法に挑戦したという。
    ◇  ◇
 物語は20XX年、北朝鮮で軍事クーデターが勃発したという設定で進む。クーデターを起こした北朝鮮軍部がミサイル発射を企図しており、その発射基地の側に、日本人拉致被害者6人が居住する施設がある。
 ミサイル発射の兆しがあれば、米国はミサイル基地をピンポイント爆撃し、拉致被害者が巻き込まれる可能性が高い。この場合、自衛隊による「邦人救出」は現行法で可能なのか-。
 伊藤さんは、首相や官房長官、外務大臣、防衛大臣らが集まった緊急事態大臣会合の場面で、自衛隊をめぐる法的制約の課題を浮かび上がらせた。
 現行法に従えば、自衛隊を派遣するには「相手国による秩序の維持」と「相手国の同意」などが必要となる。軍事クーデターが起きた北朝鮮の治安がいいはずはなく、そもそも北朝鮮から同意を得られるわけもない。
 「いざ有事になったときには、法律との向き合い方を現場では切り替える必要に迫られるときがある。例えば道路交通法の場合、平時なら『赤信号は止まれ』だが、救急車が急患を運んでいるときに止まったら、それは間違いだ。有事の際には、法を作ったときの精神に立ち返り、何をすべきか判断することが求められるのではないか」
    ◇  ◇
 物語では、主人公の特殊部隊小隊長が首相に対し、邦人救出への信念や情熱を問いただすシーンがある。
 特殊部隊が北朝鮮に乗り込むなら、《救出する人数の5倍から10倍の特殊部隊員が命を落とす覚悟の作戦になります》と言い放ち、首相に厳しい判断を迫る。
 伊藤さん自身、「予備役ブルーリボンの会」で自衛隊による拉致被害者奪還をシミュレーションした際、「一人を助けるのに、多くの自衛隊員が犠牲になるのでは意味がないのではないか」という意見を数多く聞いてきた。
 「自衛隊が命をかけて拉致被害者を奪還するのは、『いかなる犠牲を払っても、拉致被害者を見殺しにはしない』という『国家の意志』を押し通すためだと私は思う。もし首相や自衛隊特殊部隊員だったら、有事には重く難しい決断をしなければいけないときがある。この本を読んで疑似体験してもらえたら」
 北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父、滋さんは、まな娘との再会がかなわぬまま、今月5日に亡くなった。私たちは滋さんの遺志を継ぎ、拉致被害者を取り戻すという「国家の意志」を貫けるか。覚悟を問われる1冊でもある。
     ◇
【3つのQ】
Q好きな食べ物は?
食事はトレーニングの一環で、楽しむという発想が希薄。何でも好きです
Qもしタイムマシンがあったら?
海図もなく、海の端は滝になっていると信じられていた大航海時代の船乗りになって、どんな気持ちで出航したのか知りたい
Q一番美しいと思った景色は?
平成24年に上陸した尖閣諸島・魚釣島の山頂から見た日の出
    (文化部 篠原那美)
     ◇
 いとう・すけやす 昭和39年、東京都生まれ。日本体育大から海上自衛隊に入隊し、防衛大学校指導教官、護衛艦「たちかぜ」砲術長を経て、平成11年、「みょうこう」航海長在任中に能登半島沖不審船事件に遭遇。これを機に自衛隊初の特殊部隊である海上自衛隊「特別警備隊」の創設に携わり、「先任小隊長」として勤務。42歳のとき、2等海佐で退官。
産経新聞

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