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【今、伝えたいこと】「なんで打てんのや!」ではダメ リトルリーグ世界一、亀山つとむの野球少年育成術

新型コロナウイルス感染拡大により、スポーツ界はいまだかつてない困難に直面している。試合、大会などのイベントが軒並み延期、中止に。ファンは“ライブスポーツ”を楽しむことができず、アスリートは自らを最も表現できる場所を失った。

【今、伝えたいこと】「なんで打てんのや!」ではダメ リトルリーグ世界一、亀山つとむの野球少年育成術

プロ野球・阪神で活躍した亀山つとむ氏【写真:村上正広】

連載「Voice――今、伝えたいこと」第20回、“亀新フィーバー”巻き起こした男のメッセージ

 新型コロナウイルス感染拡大により、スポーツ界はいまだかつてない困難に直面している。試合、大会などのイベントが軒並み延期、中止に。ファンは“ライブスポーツ”を楽しむことができず、アスリートは自らを最も表現できる場所を失った。

 日本全体が苦境に立たされる今、スポーツ界に生きる者は何を思い、現実とどう向き合っているのか。「THE ANSWER」は新連載「Voice――今、伝えたいこと」を始動。各競技の現役選手、OB、指導者らが競技を代表し、それぞれの立場から今、世の中に伝えたい“声”を届ける。

 第20回はプロ野球・阪神で活躍した亀山つとむ氏が登場。現役時代は新庄剛志氏と「亀新フィーバー」を巻き起こし、引退後には大阪・枚方リトルの監督として世界一を経験。自身に野球の魅力を再認識させてくれた野球少年、少女へ、コロナ禍で考えてほしいことについてメッセージを送った。

 ◇ ◇ ◇

 新型コロナウイルスの影響で、プロ野球の開幕が延期となってから2か月以上が経過した。6月中の開幕を目指し、選手たちは少しずつ歩を進めている。亀山氏は、試合があった日常が当たり前ではなかったと改めて実感しているという。

「野球がなくても、世の中が成立している。ファンサービスや野球の良さをより発信していかないと、いけないんだろうなと思います。プロ野球あってこそ、僕の生活も成り立つ。必要だと思われているから存在価値があるわけで。『見たい奴だけ見ろ、来たい奴だけ来い』じゃいけないんだろうなと思いますね」

 Zoomでの取材、野球の再開を待ちわびてしみじみと語ってくれた亀山氏には忘れられない経験がある。現役生活を終えた97年以降、小さな野球少年たちから今につながる大切なことを教わっていたのだ。

 現役生活では怪我と戦い続けた。1992年、米大リーグでも活躍した新庄氏と「亀新フィーバー」を巻き起こし、チームを6年ぶりのAクラスとなる2位に押し上げた。果敢なヘッドスライディングなど全力プレーで沸かせ「平成のスライディング王」の異名も取ったが、93年にダイビングキャッチを試みた際に右肩を脱臼。95年には腰椎骨折の大怪我を負い、97年のオフに戦力外通告を受け、28歳の若さで現役引退を選択した。

 様々なしがらみの中にもあった当時を「野球から離れたいと思いながらも辞めたところは正直ある」と振り返った亀山氏は、引退直後に大阪・枚方リトルの監督に就任した。実績あるプロ選手がいきなり少年野球の監督に転身するのは異例のことだったが、出会った子どもたちに競技の魅力を再認識させてもらったという。

「改めて『野球っていいな』と思わせてくれたのが彼らでした。プロはどうしても年俸などがプレーに反映されていた。子どもたちとやることで野球の純粋な部分、無垢な部分と再び接することができた。今は専門学校のコーチもやっていますが、喉元で引っかからず素直に受け入れられるのは、あのリスタートがあったからだと思います」

 就任3年目の99年、チームをリトルリーグ世界大会の優勝に導いた。しかし、就任当初は小学部の部員が8人しかいなかったという。亀山氏が指導を始める前、常態化していたスパルタ指導が原因だった。「プロと同じように話しても伝わらない。かみ砕いて、子どもたちの頭にインプットされるワードにしないと」。当時はまだ20代。細かい動きを実践して教えられる若さだったこともあり、懇切丁寧な指導を行うことができた。

【今、伝えたいこと】「なんで打てんのや!」ではダメ リトルリーグ世界一、亀山つとむの野球少年育成術

亀山氏は就任3年目の1999年、大阪・枚方リトルを世界一に導いた

野球ゲームも子どもたちの教科書「興味があるところから入るといい」

 子どもたちの基本的なルールは「明るく楽しく元気にやろう」。楽しいから野球をしている子どもがほとんどのはず。根底にあるものを忘れてほしくなかった。併せて「できることはちゃんとやろう」と伝えた。

「しっかり挨拶する、道具を大事にする、バットをしっかり振る。打ったらアウト、セーフと言われるまでしっかり走る。守備は捕れるかどうか関係なくボールを捕りに行く。打てない、守れない、は練習すればうまくなります。参加しないことが1番ダメなことだということで、決め事でやっていましたね」

 元々野球が盛んな地域。徐々に子どもが増えていく中で「怒らない」ことも大切にしていたという。

「子どもに明確に指示を出して、リクエストに応えた分に関しては、監督、コーチが責任を取ってあげようと。例えば真っすぐ一本、高めだけ狙っていこうと指示して、低めや変化球が来たらそれは仕方ないと。『なんで打てんのや!』とか『なんで振らんのや!』じゃなくてね。四球はいらない、とりあえず三振していいから3回振ってこいという考え方で、振ることを怖がらないようにするのが大事でした」

 現在は履正社医療スポーツ専門学校で指導をしているが、目線を同じ高さとするため選手と座って話すなど、リトルリーグ時代の経験が活きている。選手の考えを極力理解するため「グラウンドでの指導者と生徒という立場以外は、できるだけ友達みたいな感覚」でいられるようにも気を遣っているという。

「『ありえねえな!(笑)』と思ったりもするんですけど、理解してあげないと。僕らの勉強もまだ現在進行形ですよね。指導者としてはまだ発展途上だし、野球人として考えることを止めたら終わると思う。頭の中のスキルを、いかに現代に合わせていくかが大事」

 常に時代に合った指導を心掛けている亀山氏。今、野球ができない少年、少女がモチベーションを保つにはどうすればよいか。たとえ野球ゲームであっても、ヒントはあるという。

「野球ゲームもシミュレーションだと思ってやれば1つの勉強、教科書にもなるんじゃないかと。例えば、ゲームで打率が高い打者は打てるポイントが大きいですよね。そうなるためにはどう努力するの? という話で、じゃあ素振りするとかね。興味があるところから入るといい。

 やらないといけない苦しい練習は、楽しくなるための練習。そこを理解できると素振りもできると思う。ただ単に『走れ! バット振れ!』では今の子はできない。自分の野球がより楽しいものになると理解してやれば、もっともっとトレーニングや練習方法に興味が持てるんじゃないかと思いますね。そういうことを今は一生懸命探して、試して、グラウンドで野球ができるときの喜びを感じるための準備期間だと思えばいいんじゃないかと思いますね」

挫折しそうになった時は「新庄氏の動画で勇気もらって」

 思いっきり外で野球ができるようになった時、子どもたちにはこの経験と支えてくれた人への感謝を忘れないでほしいと願っている。そして「野球だけではなくて、しっかり勉強もしておかないと」と力説する。レベルが高くなるほどサインプレーなどが複雑になり、頭を使うプレーの頻度が多くなるからだ。

「今のプロ野球でもそうですけど、データなので。勉強をする習慣を付けたほうが野球にもプラスになるし、この機会に1日1時間、30分でもいい。野球は攻撃と守備で18回切り替えないといけない。どういう状況でも適応する、瞬時に計算するのが野球人として一番大事。寝てるときは一生懸命寝てほしいし、食事しているときは一生懸命食べてほしい。短時間でもいいからとにかく集中する癖をつけたら、いい感覚が野球人としてできるんじゃないかと思いますね」

 最後に、現役時代はともに活躍し、現在は48歳でプロ復帰を目指している新庄氏のことも語ってくれた。

「若い子どもたちがプロ野球選手になれる可能性は0.01%かもしれないし、0.00001%かもしれない。でも、0を減らす努力を今からやること全てに頑張っていければ、0は減っていく可能性は高い。48歳の新庄君に関して言えば、1日1日その確率が減っているかもしれないけれど、その中でチャレンジしている。挫折しそうになった時は彼の動画を見て勇気をもらってくださいと言いたいです」

 かつてのスーパースターが再起を図っている姿勢は、子どもたちの生きた教材となるはずだと感じている。

■亀山 つとむ(かめやま・つとむ)

 1969年7月2日生まれ、鹿児島県出身。鹿屋中央高から87年ドラフト外で阪神入団。90年から2年連続でウエスタンリーグ首位打者を獲得すると、92年には右翼手として打率.287、4本、28点、15盗塁をマーク。ゴールデングラブ賞を獲得するなど、チームの6年ぶりAクラス(2位)に貢献した。その後は故障に苦しみ、97年に現役引退。同年、大阪・枚方リトルの監督に就任すると、99年にチームをリトルリーグ世界一に導いた。現在は野球解説・評論活動を行うとともに、履正社医療スポーツ専門学校で野球指導を行っている。(THE ANSWER編集部・宮内 宏哉 / Hiroya Miyauchi)

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