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吉田義男氏、地獄の苦境支えてくれた/キーオ氏悼む

吉田義男氏、地獄の苦境支えてくれた/キーオ氏悼む

マット・キーオ氏(1988年4月1日撮影)

キーオが阪神に入団したのは、わたしが2度目の監督に就いた3年目の1987年(昭62)でした。この年は最下位に沈んだ苦しいシーズンになった。85年に21年ぶりのリーグ優勝、日本一になっていたので、まさに「天国」と「地獄」を味わったわけです。

その「地獄」のような苦境を支えてくれたのがキーオです。開幕前からさまざまな問題が起き、チームは混乱した。わたしは投手力に弱点があることも感じていたので、思い切ってキーオを4月10日ヤクルト戦(甲子園)で開幕投手に抜てきしたのです。

新外国人が開幕戦に登板するのは球団史上初のようでしたが、そのシーズンは本当に勝ちが計算できる人材が見当たらなかった。スリークオーター気味の右腕で、リズム良く投げ、変化球を多投しながらゴロを打たせるタイプでした。

その年のチームは、勝率3割3分1厘が示すように、とにかくよく負けました。当時本社から出向してきたばかりで身内の南信男広報(後の球団社長)からも「監督、いつになったら勝つんですか?」といわれるほどで、メディアからも散々たたかれた。

そんな暗黒のシーズンに、キーオはひたすら投げ続けた。1年目から11勝14敗は立派で、3年続けての2桁勝利は日本に順応したからだと思います。キーオの訃報を伝え聞き、つらかった年に奮闘した面影をしのんでいるところです。心より哀悼の意をささげます。(日刊スポーツ客員評論家)

日刊スポーツ

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