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懸賞生活、なすびさん語ったステイホーム「はがき書かずに食事あるなんて天国」 人気企画で背負った十字架

懸賞生活、なすびさん語ったステイホーム「はがき書かずに食事あるなんて天国」 人気企画で背負った十字架

2019年に取材に応じるなすびさん。今回の取材は電話で行った(朝日新聞)

4月に赴任したばかりの福島市。慣れない土地での我慢続きの生活。少し息苦しさを感じていたところ、「ステイホームサバイバー」として注目を集める地元出身の人とコンタクトをとることができました。かつてテレビのバラエティー番組の企画で、約1年3カ月も部屋にこもった俳優・タレントのなすびさん(44)です。話を聞くと、この非常事態でも少し前向きになれそうなヒントが見えてきました。(朝日新聞福島総局・福地慶太郎)

【画像】「懸賞生活」の頃と変わらない?現在のなすびさん エベレスト登頂の写真も 面影残る写真はこちら

志村さんの死が変えた
――4月に自身のツイッターで「ステイホームサバイバー」を自称して外出自粛を呼びかけました。きっかけがあったのですか。 

初めは「自分が感染しなければいい」ぐらいの意識でしたが、志村けんさんが亡くなったと3月30日にニュースで知り、危機意識が強くなりました。

志村さんは子どもの頃からの憧れで、神様のような存在。その志村さんを失った失望感と同時に、もし自分が感染して周りの人にうつしたら取り返しのつかないことになるんじゃないかと思った。勝手な使命感ですが、僕のように意識を変えてもらえたらと思って発信しました。

――なすびさんにとって志村さんとは。

小学生のころは父の転勤で2回転校しました。そのたびに顔の長い転校生が来たといじめられました。

当時、全盛期だったのが「8時だョ!全員集合」。志村さんの「アイーン」とかギャグを学校でまねしたら、僕の顔が長いことを逆手にとることができて、面白いと思ってもらえた。いじめは減り、友達ができた。人を笑わせることで自分も周りも幸せになれるのだと知りました。志村さんは、僕の人生を救ってくださったと思っています。

「僕にとっては天国のよう」
――ツイッターでは、かつて部屋にこもり、懸賞の当選品だけで生活した「懸賞生活」の経験を紹介しました。どんな狙いがあったのでしょうか。

ニュースで多くの人が自粛疲れに陥っていると耳にしたのですが、僕は1カ月ぐらい家に閉じこもっていても元気だった。その時にふと、僕は20年以上前の番組で、約1年3カ月も部屋に閉じこもって外出できなかったんだから、1カ月でつらいと思うわけがないと気付きました。

番組は視聴率が高く、いまも街で「懸賞生活を見てたよ」と声をかけていただくことがあります。だから、番組を思い出してストレスが発散されるような、笑いにつながったらいいなと思って発信しました。

――いまは家でどのように過ごしていますか。ステイホームの秘訣(ひけつ)はありますか。 

よく聞かれるんですが、本当に何もありません。起きてご飯を食べて、テレビを見たりラジオを聞いたりして、寝る。懸賞生活では、食べる物を確保するために、毎日200、300枚のはがきを書きました。自分の命を永らえるために書かないといけなかった。

懸賞生活で最もつらかったのが孤独感です。誰ともしゃべることができず、毎日はがきを書くだけ。僕は何のために生きているんだろうと思い、自殺を考えたぐらい。でもいまは、はがきを書かなくても食事があるし、直接会えなくてもネットを通じて人と連絡がとれる。僕にとっては天国のよう。幸せを感じるレベルが、僕はものすごい低いんだろうなと思います。

「この経験、役に立つかも」
――ステイホームにつらさを感じている人たちへのアドバイスはありますか。
 
懸賞生活の時、日記をつけていました。自分と向き合い、心のバランスを保つことができたと思います。長い文章ではなくて、1行や2行書くだけでもいい。それだけで、心に余裕が持てるかもしれません。

――なすびさんが1年3カ月も閉じこもることができたのは、なぜですか。 

我慢し続けたとしか言いようがありません。懸賞生活中や終わった後は、この経験が何の役に立つのだろうとずっと疑問でした。その後の仕事では、懸賞生活のなすびを求められて、違うことをやると面白くないと言われた。かなり重い十字架を背負ってしまった。懸賞生活をやらないほうがよかったと思っていました。

ただ、いまこうして取材を受けているのは、懸賞生活があったから。2016年のエベレスト登頂も、懸賞生活のほうがつらかったから乗り越えられた。もしかしたら、いま多くの人があの時の僕のようにつらい経験をしているかもしれない。だけど、この経験がいつか役に立つかもしれない。明けない夜はないと信じて、みんなで力を合わせて乗り越えませんか。

取材後記 なすびさんが気づかせてくれたこと
福島県で確認された新型コロナの感染者は、15日までで81人。東京などに比べてケタ違いに少ない。

とはいえ、記者の住むアパートの駐車場は平日もほとんどの車が止まっていて、みんな在宅ワークをしているようだし、多くの飲食店がテイクアウトに力を入れている。

家族で堂々と外出できる雰囲気とは言いがたく、最近はどこか息苦しさを感じていた。

だが、なすびさんの「いまの経験が役に立つかもしれない」という言葉を聞き、確かにそうかも、とじわじわと思い始めてきた。

テレビ会議を4月に初めて経験し、意外にも使いやすいと分かり、帰宅後の念入りな手洗いとうがい、朝の検温は習慣になった。

しばらく飲み会がないせいか、少しやせた。

幼稚園の休園が続く3歳の長男に野球盤をプレゼントしたら、すっかりはまり、野球に興味を持ち始めた。

コロナ禍で強いられた我慢をあげるときりがない。

でも、今だからこそできた発見や経験は、マイナスのことばかりではないはずだ。

電話越しになすびさんの話を聞くうち、もう少し頑張ってみようか、という気持ちになった。

     ◇

なすび 1975年、福島市生まれ。俳優、タレント。テレビ番組「進ぬ!電波少年」で1998~99年の約1年3カ月間、部屋に閉じこもって懸賞だけで生活する企画をやり遂げ、注目された。その後は元々志していた喜劇俳優の活動を本格化させ、2016年、福島の復興を祈って世界最高峰のエベレスト登頂に成功した。

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