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「セクハラ失業した男」ウディ・アレンの大反論

「セクハラ失業した男」ウディ・アレンの大反論

過去の「セクハラ事件」をめぐって父ウディ・アレンと子ローナン・ファローが再衝突(Gari Garaialde/getty)

ハーベイ・ワインスタインのセクハラ暴露をきっかけに起きた「#MeToo」運動でハリウッドから干されていた映画監督のウディ・アレンが、沈黙を破った。先月末、彼は自伝『Apropos of Nothing』を出版、過去の児童性的虐待疑惑について彼側の言い分を語ったのである。

この本はその目的で書いたものではなく、駆け出し時代や、手がけた作品1つひとつの裏話を語るもので、ユーモアもたっぷりだ。本の終盤で、彼は、「この話題にここまでページを割くことになったことには後悔もあるが、書き手として価値を感じたので」と述べている。

監督やコメディアンであるよりもまずライターと自認する彼にとって、400ページの本を書くのは、たやすかっただろう。だが、出版するにあたっては、困難に直面した。先月半ば、大手アシェット・グループがこの本の出版を発表すると、ウディの実の息子であり、昨年秋、同じくアシェットからノンフィクション本『Catch and Kill』を出しているローナン・ファローが、猛反発したのである。

父のセクハラを許せない息子・ローナン

ローナンは、ハーベイのセクハラを暴く『New Yorker』の記事を執筆し、ピュリツァー賞を受賞した、「#MeToo」のリーダー的存在。

「セクハラ失業した男」ウディ・アレンの大反論

父ウディ・アレンに猛反発する息子ローナン・ファロー(Axelle/Bauer-Griffin/getty)

ハーベイが自分の取材をどんな形で邪魔してきたかを語る『Catch and Kill』は、金と権力にものを言わせて罪をもみ消す男たちを非難するものだ。その中では、父ウディが姉ディランに性的被害を加えたことにも触れている。

自分の本の半年後に出るということは、アシェットは編集作業を同時進行していたということ。激怒したローナンは、「もうこの会社とは仕事をしない」と宣言。ディランもまた批判のツイートをした。

社内でもボイコット運動が起こったことから、アシェットは、やむなく出版をキャンセル。だが、それから半月もしないうちに、別の小さな出版社からウディの本が静かに出版されたのだ。しかも、当初に発表されていた発売日よりも早くにである。

「#MeToo」支持者の筆者としては購入を迷ったのだが、加害者側の話にも耳を傾けるのがフェアだと考え、読んでみることにした。

ウディの1992年のスキャンダルについて、多くの人は漠然と覚えている程度ではないだろうか。この時には、複数のことが連続して起きている。

ひとつは、彼が恋人ミア・ファローの養女スンニ(当時大学生)と肉体関係をもっていた事実の発覚。

もうひとつは、彼が当時7歳だった養女ディランに性的な虐待をしたとミアが告発したこと。そして、ローナン、ディラン、養子でローナンとディランの兄であるモーゼスをめぐる親権争いだ。

恋人の娘しかも自分より35歳も年下の若い女性と二股をかけていたとは、誰もが眉をひそめるだろうが、バレたきっかけが、ミアがウディの家で(ふたりは13年間の交際中、一緒に住んだことはない)スンニのヌード写真を見つけたことだったというのもまた、衝撃的だった。

ウディとスンニはその後結婚し、今もおしどり夫婦。

「セクハラ失業した男」ウディ・アレンの大反論

おしどり夫婦で知られるウディとスンニ(Sean Zanni/getty)

「#MeToo」勃発でぶりかえされたのは、そちらではなく、ディランへの虐待容疑である。「#MeToo」が勢いを増す中、ディランが新聞に意見記事を書いたり、テレビに出演したりして、人々に古い記憶を呼び戻させたのだ。

この問題に関し、ウディは、刑事裁判は棄却になり、児童福祉施設、児童性的虐待クリニックらの調査でも無実となったことを、一貫して主張してきた。しかし、ローナンは、『Catch and Kill』の中で、ウディがどのようにこの裁判を棄却に持ち込んだのかを自分で調べたと書いている。

ウディは「探偵まで雇って捜査妨害」した疑い

彼の説明によると、ウディは、容疑がかかるやいなや、ただちに10人以上の私立探偵を雇い、捜査にかかわる警察や検察のあら探しをしようとした。アルコールやギャンブルなどの問題を見つけ、逆バッシングするのがねらいだ。

これらの妨害に疲れたコネチカット州の検事フランク・マコは、有罪を証明する余地はあると感じながらも、「幼いディランにトラウマを与えないため」と言い訳し、起訴を断念したと、ローナンは言う。金でつぶすやり方は、ローナン自身がハーベイから受けた経験に共通する。

私立探偵を使ったことについては、ウディも、自分の本で認めている。具体的に何をやらせたかったのかは書かれていないが、「彼らはまったく無能で雇った意味がなかった」とのことで、ウディにしてみたら、作戦は成功でなかったようだ。

ミア側が1人か2人の弁護士しかつけていないのに対し、自分が10人ほどのすご腕弁護士をつけたのも、刑事裁判に呼ばれるなど初めてなのだから、それぞれの分野に強い人に相談するのは当然だと自己弁護。

児童福祉施設と児童性的虐待クリニックの両方が「虐待の証拠はない」と判断したにもかかわらず(その記録文書は残っていない。ウディは、プライバシーの関係で、それらの文書は破棄するのが普通だと言う)、検察がだらだらと引きずったのは、ミアがマコらに色目を使ったからではないかとの憶測もちらつかせる。

さらに彼は、無実である何よりの証拠として、彼とスンニが、結婚後、養女をふたりもらいうけた事実を挙げる。児童虐待をした人物に養子縁組が許されることは絶対にないというのが、彼の主張だ。

訴訟の理由は「ミアの復讐」?

だが、無実であるならば、なぜこんな容疑をかけられるはめになったのか。ウディは、ミアの自分に対する復讐だと確信している。

スンニとの関係を知ったミアは、ウディに「殺すより酷いことをしてやる」と言った。それが、彼を性犯罪者に仕立てることだったというのだ。ウディはディランをかわいがっており、学校への送り迎えも、ミアでなく彼がやっていた。ウディが虐待していたとなれば、彼は、ディランに会うことすらできなくなる。

それで、ミアは、幼いディランが告白をする映像を録画した。それはミアが何度も練習させた末に撮影したものだと、ウディは力説する。ディランが「ママが私にうそをつけと言う」と泣く様子を目撃したという証言もあるそうだ。

性的虐待という発想が出てきたのには、ミアがそのような環境で育ったことも関係していると、彼は見る。彼女の弟は児童への性的虐待で現在服役中出し、モーゼスが本人から聞いたところでは、ミア自身も家族から手を出されたことがあるらしい。

虐待をされた場所が「屋根裏だった」とディランに言わせたのは(実際には、その家の屋根裏は、とてもじゃないが子供が行ける状況ではなかったと、ウディとモーゼスは主張)、ある歌の歌詞に影響されていると、ウディは読む。不幸なことに、その架空の話は、ディランの中で事実として記憶されてしまったのだと、彼は考える。

ウディはまた、ミアが日頃から子供たちに肉体的、あるいは言葉の暴力を加え、洗脳を行っていたとも述べる。ウディ側についているモーゼスとスンニの体験談もあるし、ミアの数多い養子の中には、心の病にかかり、自殺をした、あるいは自殺を試みた子供が、ひとりやふたりではないのだ。

ローナンがミアの言い分を完全に信じているのも、ウディにしてみれば、洗脳の結果。スンニとの密会を発見した時、ミアは、当時4歳だったローナンの前で、「パパがスンニをレイプした」と言ったと、彼は振り返る。

破局後も、最初こそウディは決められたルールに従ってローナンと面会をしていたが、ミアの嫌がらせがあったり、監視付きだったことが不満だったりして、そのうちに面会は途絶えてしまった。自分のいないところで、ミアは自分のことをめちゃくちゃに言っていたのだろうと、ウディは想像する。

映画界にもはやウディの居場所はない

もちろん、ローナンは、そうは見ていない。『Catch and Kill』には母ミアもポジティブな形で登場するし、ハーベイの取材を始める前、また取材中、常にディランの気持ちを考え、相談したと、彼は述べている。

「#MeToo」が盛り上がる中、世間は、圧倒的にローナンの側に立った。ディランの涙ながらのインタビューを見れば、そうならないほうがおかしい。

そのタイミングで公開されたウディの『女と男の観覧車』は、それだけが理由かどうかは不明ながら、アメリカで大コケ。次に控えていた『A Rainy Day in New York』は、彼との契約をアマゾン・スタジオズが破棄したせいで、お蔵入りになる。同作に出演した俳優らのうち何人かが、「ギャラを性犯罪の被害者のためのチャリティに寄付する」と宣言したことで、ウディをさらにブラックリストに押しやった。

だが、これら俳優の行動を、ウディはシニカルに見ている。彼の映画では昔から誰に対しても俳優組合が定める最低賃金しか払わないので、寄付すると言っても、あのレベルのスターにとっては所詮、はした金。見せかけにすぎないというのだ。

「役者たちは、今やみんな、私と仕事をするのを拒否する。中には本当に私のことを犯罪者だと信じている人もいるのかもしれない(どうすればそんな確信ができるのかは謎だが)。多くの役者は、拒否することが高貴な行動だと思っているのだろう。もしも私が実際に悪いことをしたなら、そうする意味はあるのだろうが、していないので、それは無実の男を苦しめ、ディランの頭に植え付けられたうその記憶を固めることにしかならない」と、ウディは本の中で述べる。

ウディとローナンの「複雑すぎる関係」

だが、ウディに、ディランに対する恨みは、まるでない。ローナンに対しても、複雑ではあっても、憎しみは感じられない。ローナンの本当の父親は(ミアの元夫)フランク・シナトラではないかという疑惑があるのだが、それについてもウディは、「ミアがそう示唆しても、自分の子だと思う。もちろん、本当のことはわからないけれども」と書く。

これについての本当のことは、DNA検査をすれば、すぐにでもわかる。だが、28年前のその日、実際に何が起きたのかは、そう簡単には判明しそうにない。

ウディは、舞台や映画について、ファーストアクト(最初の4分の1)がダメか、サードまたはフォースアクトがダメかだったら、ファーストアクトがダメなほうが、救いようがあると書いた。84歳の彼の人生は、今、サードアクトか、フォースアクトか。彼の人生のドラマには、果たしてどんな形で完結をするのだろう。

東洋経済オンライン

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