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創業49年の老舗・グリーンサウナが閉館 “米国帰りの湘南ボーイ”が最高のサウナを作るまで

 この連載を始める時はサウナオーナーや熱波師など、サウナ関係者の波乱万丈な人生を通して、読者の皆さんや自分がこの世を生き抜くヒントになればいいなと思っていました。でも、今や生きている人はみんな波乱万丈という状況になっています。

 初めにご紹介する「グリーンサウナ」も閉館を4月28日に前倒しするという事態になってしまいました。有終の美をサウナファンみんなとわかち合いたかった。でも、非常事態宣言も発令され、それはかなわぬ夢となりました。悔しくて仕方ありません。でも多分一番無念なのは社長の加川さんだと思います。閉館の前日、加川さんは私にこうおっしゃいました。

「4月28日は、奇しくも私の51歳の誕生日なのですが、運命的な何か強いものを感じます。生涯忘れることはないでしょう」  

 少なくとも今までにお話を伺ったサウナ関係者の方々の人生は壮絶です。だからこそ、この連載はこの後の世界を生き抜くための指針として、さらに重要なものになる気がしています。いつかまたみんなで笑ってサウナに入れる日のために、サウナ関係者皆さんの“波乱万蒸な人生“を一緒にかみしめましょう。在りし日のグリーンサウナでととのった時のことを思い出しながら。

創業49年の老舗・グリーンサウナが閉館 “米国帰りの湘南ボーイ”が最高のサウナを作るまで

「湘南ひらつか天然温泉 太古の湯 by グリーンサウナ」年季の入った外観

◆◆◆

 JR平塚駅から徒歩3分の好立地。太古の地層から湧き出た天然温泉をはじめ、アウフグースもできる大きなロウリュサウナと併設する小さくて静かなサウナ、独特で良質な井戸水を使った16℃の水風呂など充実した温浴設備を誇る施設。

 グリーンサウナの名に違わない花と緑にあふれた外気浴スペースには、抜けるような湘南の青空の下、色とりどりのパンジーが咲き誇る。見渡すとヌシのようなゴムの巨木の周りに並べられた鉢植えの数々。寝そべって目を閉じれば、カモメが遠くで鳴いている。湘南のやわらかでポカポカした陽差しの中でする外気浴には、この上ない多幸感をもたらしてくれる唯一無二な体験が待っている……。

 湘南ひらつか天然温泉 太古の湯 by グリーンサウナ。

 この最高のサウナは、惜しまれながらも2020年4月28日をもって閉館を迎えた。

証券会社から米国留学、そしてサウナ経営へ

 いまでは立派な社長である加川だが、初めから家業を継ぐ気はなかったという。

「当時社交ダンスをやっていまして、大学を卒業したらその道のプロになろうと思ったんですが、親に猛反対されまして。卒業して今はなき山一証券に入ったんですが、水があわず、退職してアメリカの大学院にサービスマネジメントの勉強に行ったんです」

 社交ダンスが上手いヨコワケハンサムな湘南ボーイ。大学院も卒業し、なんとか現地ホテルへの就職を決め、日本に残していた彼女を呼び寄せ結婚した。

「結婚して、就職してからはサウナを継ぐとかいうことは全く考えていなくて。アメリカでグリーンカードをとって、向こうで永住するつもりでいたんです。でも、子供が生まれて『俺、後継者なんだな』ということもなんとなく意識し始めて。それで戻ってきたんです」

 しかし帰国後も加川の胸中にわだかまりは残っていた。

「サウナで育ったので大好きではありましたけど、自分が本当にやりたい仕事かって言われたら、正直、『うん』とは言いきれませんでした」

 しかし、そんな加川にサウナに対するスタンスを180度変える、強烈な出来事がやってくる。

サウナに生まれ育って30年で初めて体験した“ととのい”

「アメリカから帰ってきて、まずはサウナの勉強をしようと、2000年に船井総合研究所の温浴チームのコンサルタントの勉強会に1年間参加したんですよ」

 奇しくもその時の講師はアクトパスの望月義尚と、サウナ王こと楽楽ホールディングスの太田広という、日本のサウナ業界を先導する二人だったという。

「大阪、難波のニュージャパンスパプラザに行ってみたら、ストーンに水をかけて熱い水蒸気を発生させたサウナに入って。熱くてふらふらになってその後、水風呂まで。当時は“ロウリュ”なんて知らなかったもんですから、変なことやるなぁと思いながら、水風呂から上がって椅子に座って目を閉じたんです。そうしたら、何とまぶたの裏に万華鏡みたいな模様があらわれて……。その時はまだ“ととのい”という言葉もなかったので、『これなんだ!?』ってなって」

 サウナ施設に生まれ育って30年。それが加川の“初ととのい”だった。そこから加川はサウナの魅力にとりつかれ始める。

施設の老朽化が進み、経営も悪化

「正直これはすごい体験だと思いました。サウナはすごい魅力があるんだと。そこからサウナを盛り上げていこうと思っていたんですが……」

 おりしも世はスーパー銭湯ブーム。周辺には次々とハイスペックなスーパー銭湯が林立しはじめる。と同時に加川を襲った悲劇、それは施設の老朽化だった。これが閉館までずっと加川の頭を悩ませる要因となる。家業のサウナを承継することに“ととのい”という活路を見出した矢先の出来事だった。

「1986年に立て直してから14年経っていました。普通の家なら問題ないんですが、サウナでしかも24時間営業なので普通に考えても耐用年数はかなり低いんです。天然温泉の質はどこにも負けていない自負もあったし、レストランもメニューはほとんど手作り、マッサージ師は全員国家資格を持っていて腕がいい、という誇りを持ってやったんですけど……。どんどん経営は厳しくなって」

 新規参入による競合の増加と施設の老朽化でシェアが取れず、思ったようにいかない経営に加川は次第に腐っていったという。

「周りに新しい施設がボコボコできるわけですよ。当然向こうの方がきれいだし色んな種類のお風呂もあるし。それに比べ、うちは“古くさくてボロい”みたいな感じで結構叩かれたりしました。資金繰りが厳しくて自分の給料を削って修繕費にまわしたり……。営業的には本当に大変でしたし、止めたいと思ったこともあります」

海外で学んだ「少しのスペースさえあればサウナは十分楽しめる」

 そんな生活の中で、唯一の楽しみが2002年から始まった日本サウナ・スパ協会主催の海外研修だった。数年に一度のこのツアーに参加する度に感動し、固定概念が覆されていったと加川は言う。

「最初はたしか、2002年か3年にドイツを中心とした周りの数か国に行ったんです。これがすごく衝撃的で。ドイツは立派な施設が多くて、サウナゾーンもすごいんです。そこで体験して取り入れたのが、ガッシングシャワー。あれは独断で強引にやったんですよ。元打たせ湯だったんですけど、天井に穴をくり抜いて作ったんです。今でこそお客様に楽しんでいただいていますが、実は最初はそんなに反響はなかったんですよね……」

 個人の強い思いとは、いつも少し空回りするものなのかもしれない。

「フィンランドとかリトアニアとかに行くと、農家の人が普通にサウナを持っていたり。大きさや新しさとかに関係なく少しのスペースさえあればサウナは十分楽しめるというか、むしろ素晴らしい体験ができたりする。それで施設が古くても、良いサービスを提供すればいいんだって気づいたんです」

名物・テントサウナの誕生

 海外視察を通じ、少しずつサウナ経営に前向きなっていた加川の原動力はこれだけではなかった。もう一つの大切なもの、それはサウナ業界の同年代の仲間達だった。

「スカイスパYOKOHAMAの金憲碩社長、ウェルビーの米田行孝社長、神戸サウナ&スパの米田篤史社長。海外で得た素晴らしい経験をすぐにサウナに取り入れる彼らのサウナへの情熱と飽くなき探求心を目のあたりにして、並々ならぬ刺激を受けました。僕もやらなきゃって」

 今や、太古の湯 by グリーンサウナの名物となっているテントサウナもそんな刺激から生まれたものだった。

「テントサウナは私が感じていた、“立派な施設じゃなくても素晴らしい体験ができる“というのを見事に体現しているんです。コンパクトな空間なんだけれども、薪が熱源で、目の前でロウリュができて。これは面白いし独自性もある。これならうちの露天スペースでもできるんじゃないかって」

2020年4月28日、ついに閉館

 その後、SNSというツールの出現、第3次サウナブームにより来客数は増加し、経営は再び軌道に乗ったかと思われた。その矢先、加川は閉館を決意する。

「ここ数年は閉館すべきかの逡巡と老朽化との戦いでした。2階の天井からは水が漏れ、年末のかき入れ時にボイラーが故障でお湯が出なかったり……。『明日はどこが壊れるんだろう』と、毎日生きた心地がしなかったんです。また、廃業か存続かの経営方針を巡って、会長である父との意見の対立もありました」

 サウナを愛するからこそ苦しみ、悩んだ日々。そして、2020年4月28日。終業を迎えたその日まで、加川は毎日お客様に感謝しながら今までと変わらない営業を毎日行った。

「建物は古いんだけれども、うちは独自のところでサービスをやっているんだよということを日々少しずつ積み上げてきたんですね。ありがたいことにサウナブームで評価されていますけど、それはグリーンサウナを愛してくれたお客様と従業員があってのものだと思っています」

 閉館を決意した時、背中を押してくれたのは、毎日寄せられる終業を惜しむ声だったという。

「正直もうサウナは廃業しなきゃいけないのかな、と思ったこともあります。でも、これだけお客様から支持してもらっているサウナを残す手はないものかと必死に考え続け、会長とも話し、売却しても再開する可能性がようやく見えてきました。だからこそ閉館の決意ができたんです。固定概念にとらわれない新しいサウナの構想は考えています。越えなければいけないハードルは多々ありますが、できれば平塚で。

 お客様にはグリーンサウナを愛していただき本当に感謝しています。しばらくお時間をいただきますけれども、必ず戻ってまいりますので。それまで待っていていただけたらと思っています」

 惜しまれつつ4月28日に閉館した湘南ひらつか太古の湯  by グリーンサウナ。最高のととのいを僕たちは永遠に忘れない。

 悲しいけれど、ファンへの朗報が。城門ラーメンでおなじみ、グリーンサウナの食堂「レストラングリーンウェーブ」が、定番メニューをそのまままにこの夏、独立オープン予定だというのだ。加川社長曰く、「アッと驚くネーミングを考えている」そう。

 オープン予定の夏までには新型コロナウイルスによる混乱が落ち着いていることを祈りつつ、是非食堂へ足を運び、城門ラーメンで一杯やりながら、在りし日のグリーンサウナの思い出話に花を咲かせてはどうだろうか。  

写真=五箇公貴

INFORMATION

湘南ひらつか天然温泉 太古の湯 by グリーンサウナ

住所 神奈川県平塚市錦町1-18

2020年4月28日 閉館

http://www.green-sauna.com/index.php

(五箇 公貴)

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